問題が起きると、私たちは管理を増やそうとします。
報告項目を追加する。会議を増やす。上司の承認を細かくする。新しい情報システムを導入する。判断を上に集める。
それによって状況を正確に把握し、全体を統制できるように思えます。しかし、管理が増えるほど報告と承認に時間がかかり、現場が自分で考えなくなり、変化への対応が遅れることもあります。
ジョン・ボイドの『Organic Design for Command and Control』は、この問題を扱ったブリーフィングです。日本語では『指揮統制のための有機的設計』などと訳せます。
題名にはCommand and Controlとありますが、ボイドは最終的に、この言葉そのものを疑います。機械を操作するような上意下達の統制では、不確実性、変化、ストレスの中で動く人間の組織を活かせないと考えたからです。
なぜ情報機器を増やすだけでは解決しないのか
ブリーフィングの冒頭でボイドは、指揮統制上の失敗に対する制度的な対応を挙げます。
より多く、より優れたセンサー。より多くの通信。より高性能なコンピューター。より優れた表示装置。より多くの情報を集める統合センター。それらを結びつけた、完全に情報を得た巨大な指揮統制システムです。
情報が足りなければ、情報を増やす。この発想は自然です。
しかし、現場で起きていることを上位組織が完全に把握し、すべての判断を適切なタイミングで下せるとは限りません。情報量が増えるほど、確認、整理、共有、承認の負担も増えます。情報が届いたときには、状況が変わっていることもあります。
ボイドは、機器中心の解決とは異なる道として、人間が持つImplicit Nature、つまり言葉にしきられない暗黙の働きに注目しました。
組織に必要な4つの条件
ボイドは、不確実で変化する状況に対応するため、次の4つを挙げています。
Insight and Vision 洞察と展望
現在何が起きているのかを理解し、これからどのような状況が生まれ得るかを思い描く力です。
洞察と展望がなければ、現在と未来へ対応するOrientをつくれません。
Focus and Direction 焦点と方向
組織が何を目指し、何を優先するのかを示します。
細かい手順をすべて決めることではありません。判断が必要になったとき、各人が立ち戻れる共通の方向をつくることです。
Adaptability 適応力
予想外の状況に合わせて、方法、役割、行動を変えられる能力です。
ボイドは適応力にVarietyとRapidityを結びつけます。選択肢が一つしかなく、変化に時間がかかる組織は、環境が想定から外れたときに動けません。
Security 安全・秘匿
ここでのSecurityには、相手から予測されにくい状態を保つ意味があります。
組織の手順が固定され、外から容易に読まれるようになれば、変化への強さを失います。
速さと多様性だけでは組織が壊れる
変化に強い組織には、多様な選択肢と素早い行動が必要です。しかし、それだけでは十分ではありません。
ボイドは、Variety and RapidityとHarmony and Initiativeの関係を示します。
- 多様性と速さだけで、調和と主導性がなければ、混乱と無秩序へ向かう
- 調和と主導性だけで、多様性と速さがなければ、画一性と予測可能性へ向かう
自由に動いてよいと言われても、目的が共有されていなければ、各人が別の方向へ進みます。反対に、全員が同じ方法を正確に守っていても、環境が変われば組織全体が一緒に取り残されます。
必要なのは、同じ行動をすることではなく、異なる行動が共通の目的へ向かって調和することです。
暗黙のつながりはどのように生まれるか
組織が細かい指示なしで調和して動くには、メンバー間のImplicit Connection、暗黙のつながりが必要です。
暗黙のつながりとは、何も話さなくても気持ちが通じるという曖昧な精神論ではありません。
ボイドの議論からは、次のような条件が読み取れます。
- 共通の経験
- 共通の言葉
- 互いの能力や考え方への理解
- 組織の目的と優先順位
- 継続的な対話
- 信頼にもとづく関係
長く一緒に活動しているチームでは、短い言葉で多くの意味が伝わることがあります。相手が何を重視し、どこまで任せられ、困ったときにどう支援してくれるかがわかっているからです。
この共通のOrientが、状況ごとに細かい命令を出さなくても、全体として整合した行動を可能にします。
信頼がなければ分権は機能しない
現場へ権限を渡すだけでは、適応的な組織にはなりません。
上司が「任せる」と言いながら、結果が少し違えば責める。部下が都合の悪い情報を隠す。互いに相手の意図を疑う。この状態では、現場は安全な前例だけを選びます。
信頼とは、何をしても許されることではありません。
- 上位者は、現場が共有された目的に沿って考えると信じる
- 現場は、誠実に判断した結果なら上位者が支えると信じる
- 双方が、状況に合わない指示や計画を率直に問い直せる
この関係があるから、情報が不完全でも主導的に動けます。
『Patterns of Conflict』で示された分権的な行動は、このような信頼と共通認識によって支えられています。
Command and Controlへの疑問
ブリーフィング後半で、ボイドはCommandとControlの意味を検討します。
Commandは、方向を示し、何を行うかを形づくる働きです。Controlは、実際に何が行われているかを把握し、評価する働きとして整理されます。
しかしボイドは、Commandには命令、強制、Controlには規制、抑制という響きがあり、人間の暗黙の能力を活かす考え方に合わないのではないかと疑います。
そこで、より適切で豊かな表現として提示されるのが、Appreciation and Leadershipです。
Appreciation and Leadershipとは何か
Appreciationは、単なる監視ではありません。
状況を明確に知覚し、何が起きているか、何が起きようとしているか、その価値や意味まで見極める働きです。日本語では「状況認識」「見極め」「理解と評価」などが近いでしょう。
Leadershipは、見極めた状況にもとづいて方向を示し、人々が行動できる状態をつくる働きです。
ボイドは、状況の見極めは現場の活動へ余計に干渉せず、方向づけは組織に明確に伝わる必要があるとします。
つまり、リーダーの役割は、すべての行動を操作することではありません。
- 現場で何が起きているかを理解する
- 組織が向かう方向と重点を示す
- 人々が自ら判断できる関係と環境をつくる
- 結果を受け取り、必要なら方向を修正する
これは管理の放棄ではなく、管理の対象を「人の細かな動作」から「目的、関係、環境」へ移すことです。
日常のチームで考えてみる
家族、学校、職場、地域活動にも同じ問題があります。
家事をすべて指示する
家族の一人が、誰が何をどの順番で行うかまで毎回指示すれば、その人がいないと動かない状態になります。
「夕方までに生活空間を整え、夕食を始められる状態にする」という目的と、それぞれが気づいたことを行う習慣が共有されていれば、状況に応じて分担できます。
上司の承認待ちで仕事が止まる
すべての変更に承認が必要なら、現場は機会や問題に気づいても待つしかありません。
判断できる範囲、報告が必要な条件、優先順位が共有されていれば、現場で進めた後に結果を報告できます。
マニュアルが現実に合わない
マニュアルは共通理解をつくる助けになります。しかし、書かれていない状況で何もできないなら、マニュアルがOrientの代わりになっています。
手順だけでなく、その手順が守ろうとしている目的や原則を共有することが必要です。
リーダーは答えを独占しない
不確実な状況では、上位者が最も正しい情報を持っているとは限りません。現場に近い人だけが気づける変化があります。
だからリーダーは、自分が答えを出すことだけでなく、組織の各所で適切なOODAが働く状態をつくらなければなりません。
- 異変を報告しやすいか
- 上位者と異なる見方を言えるか
- 失敗から学べるか
- 目的の範囲で試せるか
- 必要な情報が横にも流れるか
これらは、システムや規則だけではつくれません。日々の関係とリーダーの反応が、組織の暗黙のつながりを育てます。
有機的な組織とは
Organic DesignのOrganicは、組織図の形を指す言葉ではありません。
生きた組織のように、環境と情報をやり取りし、各部分が自律的に動きながら、全体としてまとまり、経験から自らを変えていく設計です。
細かい指示を減らすことだけが目的ではありません。
目的、信頼、共通のOrientによって結びつき、多様性と速さを保ちながら、調和と主導性を生み出すこと。それがボイドの考えた有機的な組織です。
OODAをチームで使うとは、全員に同じ4段階を唱えさせることではありません。各人が現場で観察し、意味づけ、動けるようにしながら、組織全体の方向を失わない状態をつくることなのです。
原典
- John R. Boyd, Organic Design for Command and Control, May 1987. 特にスライド2〜10、31〜35。
内部リンク候補
- 『Patterns of Conflict』入門
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